「つらい下痢、お薬で止めても大丈夫なのかな?」
胃腸炎で受診される多くの患者さんが、この疑問を抱えています。中には「悪いものを早く出した方がいいから、止めない方がいいですよね?」と心配される方も少なくありません。
実はこの問い、医学的な正解は「状況による」 です。
そして、ほとんどの場合は、止めても良い下痢です。
この記事では、つくばの胃腸科医師、MPH(公衆衛生学修士)として日々最新の医学的知見を取り入れ診療にあたる臨床医の立場から、「胃腸炎に下痢止めを使ってよいか?」というテーマについて、分かりやすくお伝えします。
※この記事は成人の下痢症を対象とした記事です。

目次
1. 「下痢=止めない方がいい」は一部正解です
「体内の悪いものを出しているのだから、下痢は止めない方がいい」と考える方は少なくありません。この考え方は、一部のケースでは確かに正しいと言えます。
特に細菌性の腸炎(サルモネラ菌、カンピロバクターなど)の場合、下痢によって病原体を体外へ排出することが、症状の重症化を防ぐカギとなります。
米国感染症学会(IDSA)のガイドラインでも、特定の細菌性腸炎では下痢止め薬の使用を避けるべきだと強く勧告されています【1】。
しかし、すべての下痢が「止めない方がいい」わけではありません。
むしろ、脱水症状や栄養不良を招くほど下痢が続く場合には、適切に症状をコントロールすることが、体力回復のために非常に大切です。
2. 胃腸炎のほとんどはウイルス性です
実際にクリニックの外来で診る胃腸炎の多くは、ノロウイルスやロタウイルスなどによるウイルス性胃腸炎または原因のわからない一時的な下痢です。
ウイルス性腸炎の場合、多くは1週間以内で自然に軽快しますが、嘔吐や下痢が続くと脱水が大きな問題となります。
また、症状が強く、日常生活が困難になることがあります。
すでに他院で下痢止めの処方があるにもかかわらず、
「悪いものは出したほうが良いと思って、下痢止めは使ってないです。だけどこの症状がなんとかなりませんか?」
といって当院に相談される方もすくなくありません。
こうしたケースでは、症状を一時的に和らげ、体力を回復させるために下痢止めを使うことが推奨されることも多いです。
実際、米国医師会(AAFP)の総説では、細菌性腸炎を強く疑わないような水様性下痢に対しては、ロペラミドなどの下痢止めを積極的に使用することが推奨されています【2】。
特に、お仕事や育児で休めない状況の方にとって、適切な薬物療法で生活の質が大きく改善します。
3. 下痢止めを使って良い場合・使ってはいけない場合
胃腸炎における下痢止めの使用は、状況によって大きく異なります。
3-1. 使って良い場合(医師の判断のもと)
- 血便・高熱(38℃以上)がない
- 激しい腹痛がない
- 水様性の下痢が中心
- 通勤・通学など、日常生活上やむを得ない事情がある
- 医師の診察を受け、細菌感染の可能性が低いと判断されたとき
これらの場合、医療機関を受診してロペミンなどの下痢止めの処方をうけることで、症状の改善が早くなる可能性もあります。
3-2. 使ってはいけない場合(細菌性腸炎を疑う)
- 38℃以上の発熱がある
- 血便、粘血便がある
- 強い腹痛、お腹の張りがひどい
- 下痢が急激に悪化している
- 生焼けの肉や生卵を食べた後の症状、海外渡航歴がある
このような場合、腸の中で病原体が増殖している可能性があり、下痢を止めることで症状が悪化したり、重篤な合併症のリスクが高まります。
特にカンピロバクターやサルモネラ腸炎では、抗下痢薬が症状を長引かせたり、合併症を起こす可能性があるとされており【1】、下痢止めの使用は禁忌です。
この場合は、一般的な胃腸炎と根本的に治療方法や緊急性が異なります。
4. 基本的なウィルス性腸炎の治療と注意点
基本的なウィルス性腸炎(および食あたり)の治療としては、整腸剤の内服と、脱水の予防が重要です。
ご自宅で様子を見ていて不安などがあればご相談ください。
補助的な治療として、下痢止めを処方することもあります。
また、下痢が長引く場合は、過敏性腸症候群(IBS)や炎症性腸疾患(IBD)、大腸のポリープ・大腸がんなど、より専門的な検査が必要になる病気が隠れている可能性もあります。
特に、1週間以上症状が続く場合は、かならず医療機関を受診しましょう。
まとめ
下痢の際に、下痢止めの薬を使えないこともありますが、多くの場合は使用可能です。
海外のガイドラインなどでは、積極的に下痢止めを使うことを推奨しているものもあります。
発熱・出血などがなく、細菌性腸炎を強く疑わない場合などは、治療の選択肢として下痢止めを検討することができます。
私はMPH(公衆衛生学修士)として、常に最新の研究や国際的なガイドラインを日々アップデートし、それを臨床現場の診療に落とし込むことを大切にしています。
胃腸炎のような日常的な疾患にこそ、根拠のある正しい判断と、一人ひとりの状況に合わせた最適な選択肢を提供することが重要だと考えています。
派手な医療や大規模な検査だけでなく、こうした身近な症状に対しても、できるかぎり“最適”な対応ができるよう、日々努力しています。
体調に不安があるときは、どうぞお気軽にご相談ください。
当院には、つくば市をはじめ、土浦市、牛久市、つくばみらい市、常総市、石岡市、阿見町、守谷市、龍ケ崎市のみならず、茨城県外も含めて広い地域から多くの患者様が来院されています。
【作成・監修】 辻仲つくば胃と大腸内視鏡・肛門外科クリニック 院長 森田 洋平(日本消化器内視鏡学会 専門医、MPH)
よくあるご質問(Q&A)
Q1. 下痢が長引くときは、どのような検査を行いますか?
A. まずは問診と診察で、症状の経過などを確認します。必要に応じて、血液検査や便の培養検査、大腸カメラ(内視鏡検査)などを行うことがあります。 1週間以上下痢が続いている場合や、血便・体重減少を伴う場合は、腸の病気(潰瘍性大腸炎、大腸がんなど)を見逃さないためにも検査が必要です。
Q2. 3日前から下痢が続いています。大腸がんの可能性はありますか?
A. 大腸がんの初期症状として下痢が現れることはありますが、多くは“数週間以上続く便通異常”が特徴です。3日程度の下痢であれば、ウイルス性や一時的な消化不良など、大腸がんではないことが多いです。ただし、血便が出る、長く続くなどの症状がある場合は、早めの受診をおすすめします。Q3. 下痢が止まりません。点滴は有効ですか?
A. はい、下痢で脱水になっている場合には点滴が有効なことがあります。特に、水分が口から摂れないときは、点滴による水分・電解質補給が必要です。また、発熱や出血があるなどで細菌性腸炎を疑う場合は採血を行うため、同時に点滴をすることがあります。ただし、点滴はあくまでサポート治療であり、下痢そのものを止める効果はありません。また、診療の終わり際に点滴をしてほしいということで来院される方もいらっしゃいますが、診療の終わり際などでは対応が難しいことがあります。この場合は、入院するぐらいつらい場合は救急をご案内することになることがある点をご了承ください。
Q4. 整腸剤だけで様子を見ても大丈夫ですか?
A. ウイルス性胃腸炎の場合、整腸剤だけで自然に治ることがほとんどです。国内のガイドラインでも、脱水の管理と整腸剤の使用が推奨されています。食事が摂れていて、発熱や血便がないようであれば、整腸剤を飲みながら数日様子を見るのも一つの選択です。ただし、1週間以上症状が続く・症状が悪化する・水分が取れない・出血があるといった場合は、早めに医療機関を受診しましょう。
【参考文献】
1. IDSA 2017 Clinical Practice Guidelines for the Diagnosis and Management of Infectious Diarrhea. Infectious Diseases Society of America (IDSA), 2017.
https://www.idsociety.org/practice-guideline/infectious-diarrhea/
2. Erica S, et al. Acute Diarrhea in Adults. American Family Physician. 2022 Jul 1;106(1):72-80.
https://www.aafp.org/pubs/afp/issues/2022/0700/acute-diarrhea.html