
目次
1. 大腸内視鏡検査の「観察時間」とは?
大腸内視鏡検査における「観察時間」とは、内視鏡が大腸の最も奥(盲腸)に到達した後、ゆっくりと引き抜きながら大腸の壁をすみずみまで詳細に観察する時間を指します。
内視鏡を奥へ進める「挿入」の際にも観察は行いますが、大腸がんや大腸ポリープの発見は、主にこの引き抜いてくるときの「観察」中に行われます。つまり、この観察時間の長さが、検査の精度そのものと言っても過言ではありません。短時間で検査を終えることは、見落としのリスクを高めることに直結してしまうのです。
2. 観察時間と検査の質の関係
なぜ、これほどまでに時間が重要なのでしょうか。それは、観察時間が患者さんの未来を大きく左右することを示す、数々の科学的な証明があるからです。
2-1. 発見率が2.4倍変わる「6分の壁」の発見
2006年、医学界の常識を覆す画期的な研究が報告されました。観察時間が6分以上の医師は、6分未満の医師と比較して、がんになるポリープ(腺腫)の発見率が2.4倍も高かったのです(28.3% vs 11.8%)。

Barclay RL, et al. (2006) より引用:観察時間6分以上で発見率が大幅に向上
この発見により、「最低6分間の観察」が世界的な品質基準となりました。国内のガイドラインである、2020年の大腸内視鏡スクリーニングとサーベイランスガイドラインでも同様の観察時間6分を強調しています。
私自身、このガイドラインがでた2020年以降、6分の観察時間を意識するようになって、明らかに大腸ポリープの発見率が上がりました。大腸内視鏡検査の技術というと、挿入についての技術を競うような風潮であったり、挿入時間を所見用紙に記載する先生方も多いですが、私としては観察時間を大事にすることのほうが重要だと思ってます。
2-2. さらに上を目指す「8分への進化」(2024年最新基準)
その後も研究は進み、より長い観察時間が、さらに発見率を高めることが分かってきました。特に、見つけにくい大腸の奥の方(右側結腸)の病変発見に有効であることが証明されたのです。

Zhao S, et al. (2022) より引用:9分観察により右側結腸の発見率が向上
これを受け、2024年のアメリカ消化器学会(ACG/ASGE)の最新ガイドラインでは、観察時間の中央値が8分以上となるよう、基準がさらに引き上げられました。(※中央値8分:全検査の半分以上で8分以上の観察時間を確保するという意味)
大腸内視鏡スクリーニングとサーベイランスガイドラインでは現状では8分の記載はないものの、右側結腸の観察について『複数回の順行性観察または逆行性観察を組み合わせること』が明記されており、この部分の大腸ポリープ、大腸がんに対しての観察が重要です。
2-3. 10年後のがんリスクが減る「未来への投資」
観察時間をしっかり確保することの最も重要な意義は、患者さんの長期的な健康にあります。
2014年には、医師のポリープ発見率(ADR)が1%向上するごとに、その後の大腸がん発生リスクが3%も減少することが証明されました。
つまり、私たちが検査にかける数分間は、単なる検査精度の向上だけでなく、患者さんの10年後、20年後のがんリスクを確実に下げるための「未来への投資」なのです。観察時間の確保を含めた対策で、アメリカのガイドラインではADR35%(男性40%、女性35%)を目指すことが明記されています。
この35%という数字は症状がない人に対しての数字であり、便潜血検査・大腸がん検診が陽性、血便、下痢、便秘などの大腸がんの可能性を考える状態の場合は、より高い大腸ポリープの検出率が求められています。
また、このガイドラインではSSL、SSA/Pという、特殊なポリープについても言及されていて、6%程度でこれらのポリープを見つけることが要求されています(SSLDR)。このSSL、SSA/Pは変化が乏しいポリープであるため、時間をかけて観察しなければ見つからないものであり、この点でも検査時間の重要性は高いと言えます。
当院ではクリーンコロンと呼ばれる大腸ポリープがない状態の大腸を達成するために努力しています。国内の臨床研究でクリーンコロンを達成することで86%の大腸がん予防が可能であることが示されています。
3. 鎮静剤を用いて「観察時間長い=苦痛」を乗り越える
「でも、8分も観察するなんて苦しそう…」 ご安心ください。そのための「鎮静剤を用いた無痛検査」です。
3-1. 当院の苦痛の少ない鎮静剤について
当院では、ほとんど眠っているようなリラックスした状態で検査を受けていただくため、観察時間の延長が患者さんの苦痛に直結することはありません。
むしろ、患者さんが快適な状態であるからこそ、私たち医師は時間的制約や焦りを感じることなく、以下のような丁寧な手技に集中できます。
- 腸のヒダの裏側まで、空気で広げながらじっくり確認
- 粘液を洗い流し、隠れた病変がないか徹底的に観察
- 微細な病変を拡大し、AIのサポートも活用しながら詳細に分析
「質の高い検査」と「苦痛のない環境」は、車の両輪です。これこそが、私たちつくばの内視鏡専門クリニックが、無痛検査にこだわる最大の理由です。
医師も人間なので、同じ場所を何度も観察したり、お腹が張ると言っているのに長時間検査するということについつい抵抗を感じてしまい、検査時間を短くしてしまう傾向があります。実際に内視鏡診療における鎮静に関するガイドライン(第2版)でも、鎮静剤の使用により、医師の負担が軽減されることが記載されており、検査時間を確保するという点でも必須の考えだと思っています。
3-2. 実際の患者さんの体験談
当院で大腸内視鏡検査を受けられた患者さんからは、観察時間を十分に確保した検査でも、鎮静剤により全く苦痛を感じることなく検査を受けていただけるという声を多数いただいています。
🗣️ S様(Google口コミより引用)
「鎮静剤を入れてもらってすぐに寝てしまい気がついたら終わっていました」
看護師さん、お医者さんともに丁寧に対応していただきました。特に看護師さんはとても優しかったです。大腸のカメラは初めてでしたが鎮静剤を入れてもらってすぐに寝てしまい気がついたら終わっていて別室のベッドでした。その後ベッドで10-15分安静にしてお医者さんの説明を受けて終了でした。自宅での下剤の服用はそこそこ大変でしたが初めての大腸検査はトータルで楽勝でした。
このように、国際基準に準拠した十分な観察時間を確保した検査でも、患者さんは検査時間の長さを全く感じることなく、むしろ「あっという間」に感じていただけます。初回検査で不安をお持ちの方にも、安心して受けていただける環境を整えています。
まとめ
発見率の向上: 観察時間6分以上でポリープ発見率は2.4倍に。
がんリスクの低減: 検査の質が1%上がると、将来のがんリスクは3%減少。
最新の国際基準: 2024年からは「中央値8分以上」が新たな目標。
辻仲つくば胃と大腸内視鏡・肛門外科クリニックの取り組み
当院では、鎮静剤を用いた無痛検査により、患者さんのご負担をなくし、この「8分以上」という世界基準の観察時間を目指しています。当院ではさらに、AIを用いた検査、院内下剤対応などで質の向上を求めています。「検査が苦しいのでは…」とご不安な方こそ、ぜひ一度当院にご相談ください。国際基準を満たす質の高い検査で、皆様に安心をお届けするよう努力いたします。
当院には、つくば市をはじめ、土浦市、牛久市、つくばみらい市、常総市、石岡市、阿見町、守谷市、龍ケ崎市のみならず、茨城県全域の広い地域から多くの患者様が来院されています。
よくある質問
いいえ、当院では鎮静剤を用いた無痛検査を基本としているため、観察時間の延長が患者さんの苦痛に直結することはありません。多くの患者さんが「気づいたら検査が終わっていた」とおっしゃいます。むしろ、患者さんがリラックスした状態でいることで、医師は時間制約を感じることなく、最も丁寧な観察を行うことができます。
検査全体の時間は以下のように分かれています:
挿入時間: 5-15分程度
観察時間: 8分以上(当院基準)
処置時間: ポリープ切除など必要に応じて
回復時間: 鎮静剤使用時は30分-1時間程度
ご来院からお帰りまで、全体で2-3時間程度みていただくと安心です。
AI技術は確かに病変発見の強力なサポートツールですが、十分な観察時間があってこそ真価を発揮します。当院でもAI搭載内視鏡システムを導入していますが、それでも適切な観察時間の確保は必須と考えています。
実際、内視鏡を抜くスピードを感知するAIをつけることで、ポリープ発見率が向上するとするデータもあり、観察時間は重要なファクターです。AI技術と丁寧な観察時間の組み合わせにより、見落としリスクを限りなくゼロに近づけることを目指しています。
クリニックごとに方針は様々ですので、一概には言えません。ただ、私たちは、どのような基準で検査の質を担保しているかを患者さんご自身に知っていただくことが、安心して医療を受けていただく上で非常に重要だと考えています。
もしご自身の受けた検査について不安な点があれば、今回のブログでお話ししたような「観察時間」の方針について、かかりつけの先生に質問してみるのも一つの方法かもしれません。
非常に良いご質問です。私たちは検査をして終わりということではなく、質の高い検査を受けたと安心してもらうことも検査の重要な要素だと考えています。
多くの医療機関では、検査の技術的な詳細について詳しく説明することは少ないかもしれません。しかし、患者さんにとって「自分が受けた検査は本当に信頼できるものだったのか?」「見落としはなかったのか?」という不安は、検査後もずっと心に残るものです。
私たちは、疾患の説明や検査の基本的な流れを説明するだけでは十分ではないと考えています。より深い医療情報の提供により、患者さんに真の安心感をお届けしたいのです。
観察時間についても、国際的な研究で証明された重要な品質指標であるにも関わらず、一般的にはあまり知られていません。しかし、これを知ることで「自分は科学的根拠に基づいた質の高い検査を受けている」という確信を持っていただけます。
医療の透明性を高め、患者さんがより安心して検査を受けられる環境を作ることが、現代の医療に求められていると私たちは信じています。そのために、一歩踏み込んだ情報提供を積極的に行っているのです。
ご安心ください。観察時間を長くかけたり、AIを使用したりすることで、追加の費用をいただくことはありません。
これらは全て、質の高い医療を提供する上で「標準装備」であるべきだと考えているからです。大腸内視鏡検査やポリープ切除は保険診療ですので、全国どの医療機関で受けても費用は基本的に同じです。
同じ費用であれば、より質の高い検査を受けていただきたいと私たちは考えています。
非常に良いご質問です。ご心配されるお気持ちはよく分かります。
当院では、胃カメラと大腸カメラを同時にご希望される場合、あらかじめ単独検査よりも長い予約枠を確保しております。
そのため、医師は時間的な焦りを全く感じることなく、胃カメラも大腸カメラも、それぞれ定められた基準を遵守して、じっくりと丁寧に観察することが可能です。同時に受けることで、どちらかの検査の質が落ちるということは一切ございませんので、ご安心ください。
一度の鎮静剤で両方の検査を終えられるため、お身体へのご負担も少なく、多くの患者様にお選びいただいています。(実際に行うかどうかなどは、診察中に医師とご相談ください。)
研究概要: 観察時間6分以上で大腸ポリープの発見率が6分未満の約2.4倍に向上した、観察時間基準の原点となる画期的な研究。
意義: この研究により「最低6分間の観察」が世界的な品質基準として確立され、現在でも国際ガイドラインの基礎となっています。
論文: N Engl J Med. 2006;355(24):2533-2541.
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa055498
研究概要: 内視鏡医ごとの大腸ポリープの発見率(ADR)と、その後の大腸がん発生・死亡リスクを関連付けた大規模コホート研究。
重要な発見: 発見率が1%高まるごとに将来の大腸がん発生リスクが約3%低下することを証明。検査の質が患者さんの長期的な予後に直結することを示した歴史的研究。
論文: N Engl J Med. 2014;370(14):1298-1306.
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa1309086
ガイドライン概要: アメリカ国内で大腸内視鏡検査の質を管理するための最新ガイドライン。観察時間の中央値を8分以上に引き上げるなど、9年ぶりに大幅改訂。
2024年の新基準: 従来の6分基準からさらに厳格化し、より高い品質の検査を求める内容。当院もこの最新基準に準拠した検査を目指しています。
論文: Am J Gastroenterol. 2024;119(9):1754-1780.
https://journals.lww.com/ajg/fulltext/2024/09000/quality_indicators_for_colonoscopy.14.aspx
ガイドライン概要: 国内標準の実施手順と品質指標(観察時間6分以上など)を定めた日本のガイドライン。
国内基準: 日本における大腸内視鏡検査の品質管理基準を明確化。右側結腸の複数回観察の重要性なども強調されています。
論文: Gastroenterological Endoscopy. 2020;62(8):1519-1610.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/gee/62/8/62_1519/_article/-char/ja/
研究概要: 観察時間9分群で大腸ポリープの発見率が有意に向上した多施設ランダム化比較試験。
更なる進歩: 6分、8分を超えて、9分の観察時間でもさらなる発見率向上が認められることを証明。より長い観察時間の有効性を支持する研究。
論文: Clin Gastroenterol Hepatol. 2022;20(2):e168-e181.
https://www.cghjournal.org/article/S1542-3565(20)31553-6/fulltext
最後までご覧いただき、ありがとうございました。大腸内視鏡検査の観察時間について、科学的根拠とともにご理解いただけたでしょうか。当院では、国際基準に準拠した質の高い検査を、鎮静剤により苦痛なく受けていただけます。ご不明な点やご心配なことがございましたら、お気軽にお問い合わせください。